百錬会の沿革

百錬会会員の掟

 會員は礼儀を尚び直き心、清き心、明き心を養い人格向上を旨とする

一 平素姿勢を正し不動心を涵養し業務に精励する

一 報恩感謝の念を持って社会に貢献することを旨とする

鹿島神傳直心影流百錬会年譜

    年    月 出来事
 昭和31年6月17日

法務省地下道場を隔週日曜日の午前中だけ借り受け「茲に剣道

再開、法定復活の第一歩は踏み出された」 この日 直心影流

百錬会発足。 

昭和32年6月

法務省道場稽古一周年を長寿庵にて祝う。

昭和33年6月 法務省道場使用不能。一橋道場に変更。
昭和33年7月13日

靖国神社みたま祭奉納。

靖国神社より、みたま祭に参加するよう通知あり(6月28日)。

昭和33年10月 道場探し。本郷3丁目桂川旅館の別館を借りる。
昭和33年12月30日

本郷道場に於ける参加の人々の会を百錬会と名付けた。顧問、

総裁、賛助者を作り積極的にやる決意をした。剣道こそ国技で

あり日本民族の誇りである。

昭和34年12月 第一生命地下道場で毎週水曜日稽古。 
昭和35年3月13日 京浜急行鶴見道場にて稽古開始。
昭和38年8月

群馬県甘楽群黒滝山不動寺参詣。鹿島神傳直心影流道場の看板

(西尾先生書)を掲出。百本稽古などの修行場として現在に至る。

川島堯先生を直心影流第十六世に推載、大西先生も亦直心影流

責任者として十七世に就任す。

昭和40年8月8日

京浜急行鶴見道場の稽古終了(変電所に使用のため)。

昭和40年8月15日

千葉県市川市鬼越の荒川先生の道場に移して稽古。

昭和40年10月3日

京浜急行北馬場道場に移る。

昭和41年6月19日 百錬会創立10周年記念祝賀会。於品川東京観光ホテル。

昭和41年9月17日

大西英隆先生ご逝去 享年60才 法名 百錬院釈英隆居士。

菩提寺 浄林寺(台東区東上野6-17-10)

昭和48年6月

青木高彦氏、予ねての大西英隆先生のご指示に従い「大阪

百錬会」を発足し、大阪府立大学の一角にて8名で稽古開始。

昭和49年9月15日

『同門中祖法ヲ枉ゲント謀ル者アリ遂二昭和四九年一月

 百錬会ノ名称ヲ廃セリ(中略)』

百錬会創設の原点に還り、京浜急行大森海岸京急道場にて

百錬会再出発 稽古再開する。

(下記”百錬会再出発の原点”参照)

昭和59年1月1日

西尾佳先生により百錬会会報「百錬」第一号発行される。

昭和61年6月15日

百錬会創立30周年、大西英隆先生20周年記念祭 

於赤坂乃木神社

平成8年6月15日

百錬会創立40周年記念祭、大西英隆先生30年祭 

於鹿島神宮

平成10年12月16日

犬竹秀明先生ご逝去 享年65才

平成11年3月16日

西尾佳先生ご逝去 享年85才 法名 誠正院法得日佳信士

平成12年8月13日 道場が京急大森海岸 東競武道館に移転、稽古開始。
平成17年4月

「大阪百錬会」が途中より「関西法定会」に名称変更なるも、

「関西百錬会」に正式に改名した。百錬会の関西拠点となる。

平成18年6月18日

百錬会創立50周年記念祭、大西先生40年祭 於鹿島神宮

「鹿島神傳直心影流百錬会 創立50周年記念文集」発刊。

「大西先生随聞集 犬竹秀明著」発刊。

平成23年6月

「西尾佳先生剣道随筆」発刊(西尾佳先生十三回忌)。

平成28年6月19日

百錬会創立六十周年・大西英隆先生五十年記念祭 於鹿島神宮

『鹿島神傳直心影流百錬会記念文集・百錬会創立六十周年 

 大西英隆先生五十年祭記念』を発行。

平成29年4月1日

百錬会新体制発足。 

赤尾勇一先生名誉会長、本多健二先生会長に就任。

 

 

<百錬会再出発の原点>